動いてる!ライブ映像に感動…地方在住 80’s洋楽ファン事情
昭和後期のお話。中高生の頃から洋楽にハマり始めた。ラジオ、雑誌からの情報がほとんど。洋楽アーティストは手が届かない遠い遠い存在で、今のようにネットを通して身近に感じる機会などなかった。
あふれるマニアック映像
最近、空き時間に見るYouTubeが楽しくて仕方ない。あっという間に時が過ぎてしまう。流行りのコンテンツを見るわけではなく、ひたすら好きな洋楽アーティストの古い映像を探している。
検索ワードを少し加えるだけで、1960〜70年代にフランスやスペインでテレビ放送されたドキュメンタリーライブなど驚くようなものがたくさん見つかる。古本屋を回ったり必死に情報を集めていた三十数年前に比べると隔世の感がある。
1980年代の洋楽といえば、ディスコ、パンク、テクノを経てニューウェーブとも呼ばれたテクノポップが人気を集め始めた時期。それまで骨太な音を聴かせてきたロックバンドまでもこぞって打ち込みのリズムとキーボードの電子音を多用する軽めのサウンドへとなびいていた。
ストーンズもクラプトンもいまいち売れず、代わりに第2次ブリディッシュ・インベンションが吹き荒れ、デュラン・デュラン、カルチャークラブ、カジャグーグー、ワム!などミュージックビデオ映えする英国発の若手ユニットが世界チャートを席巻していた。
かつて洋楽といえばラジオ
当時、地方都市に住んでいた筆者も当初はそういったビジュアル系を追い掛けていたのだが、唯一きれいに入るFM局だったNHK FMで時折流れる1960〜70年代の荒々しさと繊細さを併せ持つロックにのめり込むようになっていった。
渋谷陽一さんやピーター・バラカンさんら音楽評論家、山下達郎さんや甲斐よしひろさんらミュージシャンが自分の番組で取り上げてただけでなく、講談仕立てでキング・クリムゾンを紹介するというぶっ飛んだ内容の番組まであった。
このようにラジオから古い洋楽を聴くことはできたのだが、映像を目にする機会は稀だった。小林克也さんが司会を務めていた伝説の音楽番組『ベストヒットUSA』内にある「タイムマシーン」のコーナーぐらいだった。
ここでグラムロック時代のデビッド・ボウイを知ることができた。ダンディーな姿しか見てなかったので、眉を剃り派手なメイクと衣装を着けた姿に仰天したものだ。
かように地方在住の高校生が入手できる古い洋楽の情報なんて、雑誌とラジオくらい。ビデオソフトはバカ高い上にアダルトばかりが品揃えを充実させ、ビートルズやストーンズすら発売されていなかった。インターネットなんてもちろんないから。
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当時の通販は怖かった
通信販売という手段は使えた。定期購読していた音楽雑誌の巻末にある広告には絶版LPと並んで相当数の海賊版ビデオが並んでいた。しかし、それはまるでエ○雑誌の裏物広告のようにいかがわしく見えていた。
友人がモザイクバスターやシークレットブーツなどを購入しては騙されているのを散々見ていたので、違法物の通販に手を出す勇気はなかった。地元のレコード店にまだ廃盤になっていない旧作の正規盤を取り寄せてもらうのが精一杯だった。
それでも東北の地方都市では最先端を走っているはずと悦に入っていたのだから「井の中の蛙、大海を知らず」を地でいく中高時代を送っていたわけだ。もったいない過ごし方をしてしまったと後悔してないわけでもない。
◇
そんなこまっしゃくれた田舎の高校生の音楽生活は大学進学と共に一変する。あまりの情報量にただただ流れにたゆたうこととなる。長くなってしまったので30年以上も前になる超個人的な話の続きはまた今度。