王貞治のホームランに興奮した夜…野球は屋外ナイターに限る
好きなチームの結果に一喜一憂したり、スポーツ観戦という娯楽が日常にこれほど潤いを与えてくれるとはねぇ。もちろん、新型コロナ禍で気づかされたことの一つ。プロ野球の話が書きたくなった。
カンッ! 煌々としたライトに照らされたグラウンドから白球が抜け出す。その軌道は夜空に弧を描きスタンドに飛び込んでいく。
野球を見るなら内野席で屋外ナイターに限る。ホームランアーチが一番綺麗に見えるから。デーゲームでは球を見失ってしまうし、東京ドームの白い屋根は興ざめする。外野席はインパクトの瞬間が遠すぎる。
人工芝の緑がまぶしい
幼い頃、今はなき後楽園球場で初めてナイトゲームを見た。1977年8月31日、巨人―大洋戦。田舎に住んでいたので地元でプロ野球が開催されるのは年に一度あるかないか。デーゲームのみで県内にナイター設備のある野球場すらなかった。
まず人工芝の美しさに驚いた。今ではむしろ手入れされた天然芝こそ尊ばれるが、鮮やかな緑に目を見張ってしまった。地元の球場は運動場のように外野でも土だった。
ちなみに外野席はムラだらけの手入れしていない芝生でオール自由席。内野席は仕切りのないコンクリート造りの長椅子で、一席ずつ分かれていたのはバックネットぐらいだった。
そんな粗末な設備に慣れていた田舎の少年が、単身赴任で東京にいた父親を訪ねてナイターを見に来たのだから、興奮しないわけがない。一塁側内野席と位置も申し分なかった。
世界の王が打席に
一回裏、巨人の攻撃。三番ファースト、王貞治さんが打席に入る。大歓声が沸き起きる。王さんといえば長嶋茂雄さんの現役晩年から不動の四番だったはずだが、なぜかこの年は三番・王さん、四番・張本さんの並びだった。
「ホームラン!」の声援が飛び交う中で投じられた五球目。王さんのバットは見事にとらえ、打球はライトスタンドに吸い込まれていった。
観客は総立ち。前にいた大人たちの隙間から見えた王さんはホームインすると、女性から祝福の花束を渡されていた。
詳しい人ならお気づきだろう。ハンクアーロンさんに並ぶ世界タイ記録の755号ホームランだった。
二回表にはファンサービスでライトのポジションに入った珍しい王さんを見れたり(確か守備機会はなかった)、後の打席でライト方向にあわや世界記録更新の大ファールを放ったり、エレクトしっ放しの大変な夜になった。
archist? artist?
王さんの755号こそ、今まで見てきた中で一番のホームランと言いたいところだけれど、美しかったのは平成6年8月18日、横浜スタジアムの横浜―広島戦で見た一発だ。
広島の主砲・江藤智さんが放った3打席連続弾のたぶん2発目。まさにアーチと呼ぶにふさわしい高さのある大きな大きな弧を描いていた。
最後にどうでもいい話。ホームラン打者をアーチストと呼ぶが、時たまアーティストという表記も見掛ける。スタンドインする球の軌道を橋に見立てたわけだから妙な気がする。
archistとartistは別物だよなぁ。もっともarchistを正しく読めば「アーキスト」となってしまうようだ。なんとも締まらないことになってしまうのだが…。